資産形成において未来を見据えてしっかり備えるのは大切なこと。とはいえ、投資のために極端な節約志向に陥り幸福度を下げてしまうのも考えものです。本連載ではファイナンシャル・ウィズダム代表の山崎俊輔氏に、現役世代のファイナンシャル・ウェルビーイング(=お金に対して不安なく健全に向き合える状態)を実現しながら資産を築く・使うためのヒントを紹介してもらいます。
記事提供:Finasee(フィナシー)


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マネープランの世界では、「賃貸か持ち家か」という論争があります。賃貸で部屋を借りて暮らすライフスタイルと、住宅ローンを設定し自分の持ち家を取得するライフスタイルは、「どちらが得か?」というシミュレーションがよく掲載されています。
家の問題はまずお金の問題です。家賃を支払う、ないし住宅ローンの返済をするためには毎月お金を払う必要があります。一般的には都心に近い、広い、新しい物件は高くなります。
お金の問題であると同時に、幸せや安心の問題でもあります。
「初めての一人暮らし、部屋は古いけど楽しさがいっぱい!」という人もいれば「日差しもないワンルームマンションに住むくらいなら、少し遠くても安くて広い地方のほうがいい!」という人もいます。
お金の問題も幸せの問題も、どちらも簡単に正解がでないテーマなのですが、あえて考えてみたいと思います。
ワンルームマンションの部屋を振り出しに社会人人生をスタートした、あるいは社会人になって数年で実家を出て一人暮らしを始めた、という人は多いでしょう。
賃貸暮らしは、社会人人生の初期に多くの人が通る道です。マネープラン的には家賃の負担は重く、若い世代にとっては苦しいやりくりが求められます。
一方で、実家を出て自由を手に入れる、という幸福感も味わいます。何時に起きても、何時に帰宅しても、昼間ぐうたらしていても怒られることはありません。これをウェルビーイングというかはちょっと微妙に思えるかもですが、自己決定権があるというのはウェルビーイングにとっては重要な要素のひとつなのです。
一般的には、アラフォー世代になった頃にマイホームを購入する傾向がありますが、近年では賃貸暮らしを長期化させる人が増えています。「生涯賃貸派」と呼ばれるような人たちです。
彼らが主張するのは、ひとつ所にとどまるほうがリスクである(物件の価格下落や隣人トラブルなど)という考え方です。それよりも賃貸のほうが精神的には気が楽ということでしょう。
多くの人が社会人人生の中盤になるとマイホームの取得を検討し、実行します。全額を現金払いするには家はあまりにも高額ですから、頭金として部分的に事前準備し、残りの金額は住宅ローンを設定、数十年をかけて返済を行うのが普通です。ローンの返済が終われば、その家は自分の資産となります。
持ち家の取得がウェルビーイングに与える影響としてはやはり、「家がある安心」があげられます。自分の資産として家を持つことができれば、一生涯そこに住み続けることができます。家族の拠り所としての「場所」があることを幸せと考える人もいるでしょう。
アットホーム株式会社の調査によれば、マイホームの購入で幸福度がアップした、と回答した人は91.4%とほとんどで、さらに幸福度のアップは平均52.0%プラスとほぼ1.5倍に高まったそうです。
今、一人暮らしをしている若い人も、親が住む実家があることを安心と感じたり、故郷があることを幸せの一部と捉えている人は多いと思います。
経済的な損得については、とても微妙なところです。「賃貸vs持ち家」損得シミュレーションは雑誌やネットの人気記事のひとつですが、パラメーターを少し変えるだけで勝敗はどちらにも転びます。
など、年1%あるいは月1万円くらいの数字を変えただけで試算は大きく変わってくるのです。
もし、確実なことを言えるとしたら、老後のことを考えればマイホームのほうに分があるように思います。というのも、老後の家賃確保というのはなかなか難しい課題だからです。
国の年金水準は、マイホームに住む人を前提に日常生活費を意識した設定をしていると考えられます(公式にそう表明しているわけではありませんが)。データ的には家賃を除いた老後の日常生活費と公的年金収入がほぼイコールです。賃貸の人だけ家賃手当が上乗せされることはありません。
そうすると、生涯賃貸派の人は現役時代に「老後の家賃分の貯金」をしておく必要があります。仮に月6万円の部屋に住むとしても、老後が25年(90歳まで)なら1800万円、35年(100歳まで)なら2520万円も必要です。
私はこれを「老後の家賃2000万円問題(いわゆる老後に2000万円とは別)」と呼んでいます。しかもこの問題の厄介なことは「家賃が何年分必要か、65歳のリタイア時点では分からない」ということです。90歳になったらまだ元気だけど家賃予算がゼロになった、では困ります。
マイホームの住宅ローンを返し終わった人はこの心配はありません。マイホームも、固定資産税だったり、修繕積立金やリフォーム費用などがかかりますが、家賃を負担し続けるほど大きな負担にはならないでしょう。
老後の不安は大きい中、さらに住むところの不安を抱えていくのはやはり長いセカンドライフにとって好ましくありません。
三井住友トラスト・資産のミライ研究所の「住まいと資産形成に関する意識と実態調査(2024年)」によれば、60歳代の回答者の幸福度は、ずっと持ち家である場合と、ずっと賃貸である場合で大きく違っています。ずっと賃貸であるほうが安心感は低いようです。
人生を長く捉えた場合、持ち家人生のほうがウェルビーイングが高いように感じます。
家の話、シチュエーションは多様ですから「自分自身のウェルビーイング」とひもづけて考えることが大切です。
例えば「親が近くで暮らしていて、持ち家がある」なら賃貸暮らしで過ごして、いつかは親と同居とすれば住宅ローンを抱える必要はありませんし、ウェルビーイング的にも問題ないでしょう。ひとりっ子同士の夫婦では「親の持ち家が2軒相続される」ことになりますので、マネープランも違ってきます。
逆に「親と兄夫婦が同居しており、独身の私は家を確保したほうが安心が高まる」と考えるなら、男女問わずマイホームの検討をしたいということになります。
エリアの問題も大きく、「私は引退後は故郷に帰りたいが、妻は東京に居続けたいようだ」というようなケースはきちんとした話し合いが必要です。
地方移住は生活コストとしては首都圏より下がる可能性が高いですが、幸福感を持てないなら好ましくない人生選択となってしまいます。
独身であれば自分自身がどうありたいか、夫婦であればふたりはどう過ごしたいか、意見を整理してみるといいでしょう。
漠然としている未来はどうしても幸福度を下げる要素となってしまいます。先のこととばかり考えずに、賃貸か持ち家か、じっくり考えてみてはどうでしょうか。
1972年生まれ。フィナンシャル・ウィズダム代表。1995年中央大学法学部法律学科卒業後、企業年金研究所、FP総研を経て独立。確定拠出年金を中心とした企業年金制度と投資教育が専門。著書『普通の会社員でもできる 日本版FIRE超入門』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『共働き夫婦 お金の教科書』(プレジデント社)、『ファイナンシャル・ウェルビーイング』(青春出版社)など多数。